オレの身体は、いつだってお前を得る為の代価だったんだ。













exchanged sacrifice













明かりも無い暗闇に包まれた部屋の中、アルフォンスの手の中には無防備にその姿をさらけ出し、全身を震わせながら溺れ落ちてゆく兄がいた。
静寂な空間に響く、兄の喘ぎ声とベッドの軋む音。
アルフォンスは今、空っぽの自分に唯一残された視覚と聴覚をもって全力で兄に触れようとしていた。
この体になってから、何度も過ごした独りきりの夜。
初めのうちは兄がすぐ傍にいてくれる事で、溢れる不安や恐怖もなんとか拭えていたのに、最近ではその拭った安心感さえもが虚構のように感じられ、無いはずの胸が締め付けられる思いに苛まれていた。
いつ起こるかわからない拒絶反応が今にも始まってしまいそうで、寝る前に交わした「おやすみ」が「さよなら」に変わってしまうのではないかと思うと、来るのかどうかもわからない朝をただ独り待ち続けるのは耐えられなかった。
兄さんが啼く、兄さんがそこにいる。
離れていかないで、ずっと側にいて。
こんなにも淫らで美しい姿。
いっそボクの中で埋もれてしまえばいい。
これはボクのエゴなのかも知れない。
エゴでも構わない。
こうする事で、貴方に触れられるなら。
ああ、愛しい兄さん。
世界でたった一人の、ボクだけの兄さん。




兄さんはボクのためなら、何だって差し出すんだろう?





これは、オレのエゴなのだろうか。




アルフォンスはこのところ、毎日こうしてエドワードに愛撫を施したがる。
必死に何かを掴もうとしているのか、それとも何かから解き放たれようとしているのか。
そんなアルフォンスの要求に、エドワードは静かに従い体を預ける。
抗う事はしない。
むしろ、そうして欲しいのは自分の方かも知れないとエドワードは思った。
アルフォンスが触れてくれないと、やり場のない不安が胸を締め付けるのだ。
もしも、寝ている間にアルフォンスが消えてしまったら。
目覚めた後、隣にいる鎧が本当にただの鉄の塊になってしまっていたら。
アルフォンスが独りきりの夜を怖がる一方で、エドワードは独りで眠る事が怖かった。
眠りについている間、自分の意識がアルフォンスと離れたところに行ってしまうのが嫌だった。
肉体を持たず、いわば魂が剥き出しの状態であるアルフォンスの行為は、
体を突き抜けてエドワードの精神を直接刺激してくる。

――オレが錬成した、お前の魂。お前に触れていたいんだ、もっと強く、もっと深く。

エドワードの揺れる動きを感じ取ると、アルフォンスの執拗に攻め立てる手の動きは更に激しさを増し、エドワードの心を限界までかき乱す。
正気じゃないのは分かっていた。
オレは狂気に犯されている。
いや、狂喜、と言った方が正しいだろうか。
弟の手に引っ掻き回され身悶える事が、こんなにも嬉しい。

「ん、ふ……あぁっ……あ、」

兄弟同士で互いの真髄を求め合うよにしてう行うこの行為は、禁忌というよりも聖域に踏み込んでいる感覚に近かった。
触れてはならないもの。
幼い頃から禁忌の類にはあまりにも触れすぎていた為、互いの体に手を伸ばす事は最大の罪にして唯一神聖なるものとして認識されていた。

「ア、ル……アル」
「……兄さん……」

エドワードは、アルフォンスの意識を取り込むようにして無機質な指を自身の中へ迎え入れている。
そのひんやりとした冷たさと同時に、中心がじわじわと熱くなっていくのを感じた。

「痛っ」

ふいにエドワードの体がびくんと跳ねる。
その反動でアルフォンスはハッと我に返った。
愛撫に夢中になるあまり、少々気遣いがおろそかになってしまっていたらしい。
鉄の指で生身の身体を冒すのだ、普段ならどんな事があってもエドワードへの配慮は忘れないアルフォンスだったが、今日はよほど意識が散漫しているらしい。
もう、今日はやめておいた方がいいのだろうか。
アルフォンスはしきりに動かしていた指を一旦止めた。

「兄さん、ごめん……少しやりすぎちゃった」

しかしエドワードは苦しい表情ひとつせず、逆にもっと欲しがるように身じろぎした。

「気にすん……な……早く続けろ」

口調は昼間の横暴な態度と変わらないが、その姿はまるでお預けにされたキャンディをせがむ子供のようだった。
そんなエドワードを見て、アルフォンスはたまらなくなる。

「ダメだよ、このままいったら兄さんをめちゃめちゃにしてしまいそう」
「……めちゃめちゃにしてくれ」

ああ、ボクはいつからこんなに利己心が強くなったのだろう。
兄さんを気遣う振りをしながら、結局は自分の孤独を恐れて再びその言葉を利用し不安を拭おうとしている。
ボクはいつだって兄さんを最優先にしてきたのに。
お願い兄さん、もっと自分を大切にしてよ。
こんな空っぽで不安定な塊に体を預けたりしたら、それこそどうなるかわからないよ。

エドワードはされるがままに、アルフォンスの与える刺激に従って体を揺らした。
意志の強い最年少国家錬金術師も、今は意識を持った従順なる操り人形。
さあ、もっと中まで入って来い。とくと味わえ、お前にしか触れられない、更に奥深くを。




「兄さん……ねぇ、兄さん……」
「……ん……アル……」
「気持ちいい? 嬉しい? ……それとも辛い? 苦しい?」
「な……んだ? どうした……」
「兄さん、いつも何も言わない……どんなに苦しい時だって何もかも全部独りで抱え込んで、自分を犠牲にして……いつも兄さんばかりが失くしてる。きっとボクがその大半を奪ってる……今も」
「そ……な……っく、アル……」

アルフォンスは、僅かに震えながら懸命に言葉を搾り出すようにして言った。
「不安なんだよ……兄さんに触れていないと兄さんがどこかへ行ってしまいそうで、それなのにボクが触れたら余計に兄さんが失われてしまいそうだ……こんな状態で、いっそボクはいなくなった方がいいのかな……ボクのせいで兄さんの大切な物がどんどん奪われてしまう」

するとエドワードは先ほどまで出していた甲高い声とは反対の、地に深く響くような声で答えた。

「……バカアル……オレは何も失っちゃいねぇよ」
エドワードはシーツの上へ無防備に投げ出していた体にぐっと力を込め、いつもの鋭い眼差しでアルフォンスを見据えた。

「オレは失ってなんかいない……お前に与えてるんだ。この体も心も全部……お前に」

エドワードは上に覆い被さっているアルフォンスの頭を両手で目の前へと引き寄せた。

「お前のその中身は、オレが満たしてやるから」
「兄さん……」
「しっかり受け取れよ。そしてちゃんと返して来い。錬金術師の基本は等価交換、だろ。忘れたか?……オレだって、お前が欲しいんだ」
「兄さん、も……?」
「ああ。いなくなった方がいいなんて間違っても言うな……お前の大切な兄ちゃんを死なせたくないならな」

そう言ってエドワードはふっと頬の力を緩め、柔らかい表情で笑った。
普段のエドワードなら滅多に見せないような優しい顔がとても儚く感じられた。

「兄さん……! ボク絶対兄さんを死なせたりしない……! ずっと傍にいるから……ずっと触れるから。だから、兄さんもボクを感じて。ボクも兄さんに与えたい……こんな体でも、精一杯の思いを」

壊れ物のガラス細工を扱うみたいに、アルフォンスはエドワードの小さな体をそっと包み込んだ。

「オレ達は何度だってお互いを得られるんだ。……生きてるから」

その言葉は、二人の間を繋ぐようにしてお互いの心に深く染み渡った。
そうだ、この世界は常に循環している。止まることなく永遠に。
だからボクらも、その流れの上にある限り決して離れず、同じ場所でいつでもお互いに触れられる。

「兄さん、いくよ」

アルフォンスは、エドワードを隅まで余すところ無く、一つ一つを味わうようにして愛撫を施した。
先程のエドワードの言葉が頭の中を駆け巡る。
兄さんで満たされた体で、兄さんを満たす。
世界の原則が、二人の為だけの原則であるかのように思えた。
美しすぎるほどに、周りの空気が自然な流れで二人を包んだ。

全身を這う手、胸の先を弄ぶ指、奥に注がれる熱い刺激。
その全てを、エドワードは快感に身を震わせながら受け入れた。

「兄さん……愛してる」

アルフォンスが静かに囁いた。
エドワードは口には出さず、中心から最も熱い愛を吐き出してその思いを告げた。

オレも愛してるよ、アルフォンス。





やがて二人は、淀みない愛を感じながら再び夜に向かう為の朝を迎えた。






2006.04.11 夕海愛音













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