世の中にはいろいろな人がいると言うけれど、彼ほど逸脱した空気を持つ人は初めてだと思った。
いつも自分だけの世界で生きているようで、それでいて実はどこにも属していないようでもある。
どっちにしろ、僕が彼と同じ場所には立てないという事だけは明らかだった。
そして僕達は、そんな互いの日常の一番身近なところで生きている。
虚構の夢 01
「おはよう、エドワードさん」
「……はよ。もう起きてたのか」
「ええ、今日は大事な打ち合わせがあるので早めに準備をと思って。もうすぐ朝食の用意できますから、その間に顔洗ってきて下さいね」
「おう、ダンケ」
まだ少し眠そうな足取りで洗面所に向かうエドワードさんの後姿を見送り、僕は食器棚から二人分のお皿とカップを出してテーブルに並べる。
また昨日は徹夜だったのかな。
以前は意識して使い分けているようだったドイツ語も、最近では自然と会話に出てくるようになった。
それと同時に、こちらの文字を読むのに慣れてくると、彼の興味に関連するありったけの本を探して家での大半を読書で過ごすようになった。
それ故、本に没頭しすぎて気が付いたら夜が更けていたという事も珍しくなかった。
初めの頃は、朝エドワードさんの部屋を覗きに行って彼が机に広げた本の上につっぷして寝ている姿を見つける度、
体に良くないと言って注意していたのだが、どんなに言い聞かせても一向に止めようとせず無駄だとわかったので、
まだ気にかけつつも今ではもう何も言わない事にした。
何より、静かに本に集中している時の彼の目はどんな時よりも真剣なのだ。
彼がこの国で打ち込む事のできる数少ないものを奪ってしまってしまうのは、なんとなくいけない気がした。
いや、実際は、僕自身がそんなエドワードさんの姿を見ていたかったのかもしれない。
エドワードさんはよく、別の世界の話をする。
初めは僕が抱いているような宇宙への憧れや夢とかそんな類のものだろうと思ったけれど、
重ね重ね聞いていると、どうもそういうのとは違うらしかった。
夢や仮想にしてはその世界観があまりに具体的過ぎていて、彼がその話をする時の姿勢にも異様なほど確信めいたものがあった。
「無能で嫌味ったらしい上司がいてさ」呆れた顔で苦笑い。
「前につけてた義手はこんなのよりかずっと高性能で」自慢気に。
「このくらい、錬金術なら一発でやれるのになあ」ロケットの試作品の組み立てに四苦八苦してた時、もどかしい様子で。
どれも、僕や研究所の仲間と話す時には決して見せない顔だ。
正直、そうやって僕の知らない世界の話ばかりを聞くのはあまり良い気分ではない。
彼が頭の中で見ているものを、同じように見れないのが悔しい。
もう一つ僕に理解できなかった話と言えば、まだ彼が研究の仲間に加わって間もない頃、
僕がロケットや飛行機のおおまかな設計について説明していた時。
数々の資料の中で、近年もっとも成功したものの一つと言われるツェッペリンが開発した飛行船の図面を見た彼の目が、一瞬強張ったように見えた。
『なあアルフォンス、お前、兄弟は?』
『姉ならいますよ。ルーマニアの大学で勉強中です』
『……そうか、ならいい』
あの時エドワードさんがなぜ唐突にあの質問をしたのかも、どういう意味で「いい」と言ったのかも僕にはわからない。
ただ、ひどく救われたような顔をしたエドワードさんの顔が、なぜだか僕の頭の中に強く残っていた。
非現実的な物を嫌うくせに、僕が知る限りでは一番非現実的で、かつ妙にリアリティをもつ話。
子供におとぎ話として聞かせるには、少々悪趣味だ。
それを笑いながら聞き入れてしまう僕も、かなり悪趣味なのかもしれない。
彼がその話を僕にしかしない事に、独占心を感じている、なんてね。
to be continued...
2006.02.12